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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)137号 判決

原告主張の審決を取り消すべき事由の有無について検討する。

(一)1 本願第一発明の要旨が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。

2 他方、引用例の記載内容についても、引用例記載の誘電体薄層が明暗図形の像を帯びているとの点およびみね及び谷が連続して変化するとの点を除くと、その余の認定は原告の争わないところである。

そこで、引用例記載のものは明暗図形の像を帯びているといえるかどうか、またみね及び谷が連続的に変化するといえるかどうかについてまず検討する。

成立に争いのない甲第七号証(引用例)には、色彩ならびに単色のテレビジヨン信号に対応した電子ビームにより熱プラスチツクフイルムの表面を帯電させて溶融し、このとき電子によつて溶融表面に生ずる凹み(その深さは電気信号の関数である電子の数に依存する。)をフイルム表面を冷却固化して保存するという過程により得られる熱プラスチツクフイルムの表面変形について記載されていることが認められる。

ところで、熱プラスチツクフイルムが誘電体薄層であることは周知のことであり、また、前記甲第七号証によれば、前記色彩ならびに単色のテレビジヨン信号はテレビジヨン放送される光景に対応する情報をもつものであることが認められるので、右の光景が本願第一発明にいう明暗図形にあたるとみることができる。

そうすると、引用例記載の熱プラスチツクフイルムも明暗図形の像を帯びた誘電体薄層であるということができる。

また、引用例における表面変形を構成している凹みにより凹凸が生じていることは前に認定したところから明らかであり、この凹凸が本願第一発明におけるみね及び谷に相当すると解されるところ、前記甲第七号証によれば、引用例における変形は第七図、第八図に示されるように凹凸は一定の方向性をもつていることが認められるけれども、その限度ではみね及び谷が連続して生じているといえる。

(二)1 原告は、本願発明における変形は光学装置を用いないでも読みとれる可視像であるのに対し引用例のものは光学装置を使用しないと読みとれない不可視像であることを審決は看過した旨主張する。

そこで検討するのに、前記甲第七号証によれば、引用例には、「情報がフイルム41上に印加されたかどうかを操作者が確かめることを許すための光学系60は蓋32に向つて上方にフイルムからの光を反射するためにフイルムに対して四五度の角度に置かれた二枚の鏡64及び65の間にフイルム41を導くための複数の遊び車62を包含し、その蓋に於て光は窓(図示されていない)を通過する。」(第二頁右欄第四九行~第三頁第二行)および「円形の蓋ガラス89が直接に光学系60の上の蓋32に於ける孔の上に位置させられ、その結果二枚の鏡64及び65のどちらかから反射された光は観測者までこのガラスを透過する。実際に、光はこのガラスを通じて箱30内に入り且つフイルム41を通じて鏡の一つから反射し、然る後に他方の鏡から反射しガラス89を通じて逆戻りし、それによつて凹みがフイルム上にあるかどうかを観測者が確かめることを可能ならしめる。」(第三頁左欄第二三行~第三〇行)の記載があり、これらの記載と第一図、第三図によれば、前述のようにして形成された熱プラスチツクフイルム上の凹み(みね及び谷)は二枚の鏡64、65からなる光学系60を介して蓋ガラス89を通して観測者が確かめることができるものと認められ、この二枚の鏡からなる光学系は光を単に反射させる作用、すなわち、記録装置の内部にある熱プラスチツクフイルムを装置の外部で観測するための反射光路を構成しているに過ぎないものと認められるから、熱プラスチツクフイルムを装置外に出した場合には、このような光学系なしに熱プラスチツクフイルム上の凹みを観測することができるものと解される。したがつて、引用例の熱プラスチツクフイルム表面上の凹み(みね及び谷)により構成される変形も程度はとも角可視であるということができる。もつとも、前記甲第七号証によれば、引用例の第九図または第一一図には第一図または第三図に示されている二枚の鏡からなる光学系とは異なる光学装置が示されているが、第九図または第一一図に関する記載によると、右のような光学装置はフイルム上のビデオ(テレビジヨン)色彩情報に対応する像を幕上に映写再現するための装置あるいは記録された計算機情報を電気的な形に反転するための装置であることが認められるから、引用例における変形を可視であると解する妨げにはならない。

このことは、本願発明の明細書中の「上記方法によつて発生されたつや消し像は板(10)を見るだけで簡単に調べられるが、しかしながら又第一F図に示されている如き投写装置においても有効に利用される。」(甲第二号証第一一頁第九行~第一一行)、「シユリーレン光学装置も亦使用される。」(同第一二頁第一一行)の記載や第一図から明らかなように、本願発明においても第一F図に示されているような投写装置あるいはシユリーレン光学装置を使用して観察することがあるのに、そのことは本願発明の変形を可視図形とみることの妨げとならないのと同様である。原告は、引用例の変形はレリーフ変形であるから不可視像であると主張するけれども、引用例の変形も可視像といえることは前述したとおりである。

そうすると、本願発明の変形が可視であるのに対し引用例のものは不可視であることを審決は看過したということはできない。

2(1) つぎに、審決は、本願発明ではみね及び谷が無作為的に配列されているのに対し、引用例ではみね及び谷がその層(フイルム)の縁に対して平行に配列されているようにみえることを相違点として挙げながら、引用例の凹みの配列も規則的であるとはいいがたく、顕微鏡的レベルでみれば、配列は十分に無作為的であるとして、本願発明と引用例との前記相違は本質的な差異ではないとしているが、この判断が正当かどうかについて検討する。

前記甲第七号証によれば、審決も引用しているように、「信号電子ビームによつて表面を形成された凹み157は或る場所では数種の色彩の存在によつて不規則であり……」(第四頁右欄下から六行目以下)とあり、変形における凹み(みね及び谷)の配列は記録すべき数種の色彩の存在するテレビジヨン信号により不規則になる場合があることは認められるけれども、この凹みは電子ビームの走査(偏向)によつて付与される電荷(電子)の静電力による変形である(このことは甲第七号証とくに第一頁右欄第五行~第一七行、第三頁右欄第九行~第一一行、第五頁右欄第三五行~第四二行等の記載によつて認められる。)から、電子ビームの走査方向によつて配列されるものであるが、電子ビームの走査は電子ビームの一定の方向の偏向の繰り返しでなされるものであるから、一定の方向性をもつていることは明らかであり、電子ビームの走査による変形も一定の方向性を有し、走査の方向性という点で規則性をもつているといわざるをえない。このことは甲第七号証の第七図において電子ビームの走査により電子ビームと同じ幅を有し、縞状の細長い欄がフイルムの縁に垂直に一定の方向性をもつて形成されている(図面では三本)ことからも明らかである。このように引用例の変形の一部分に規則性がある以上、引用例の変形はすべてにわたつて無作為的な変形であるとはいえない。もつとも、甲第七号証によれば、引用例には、「欄152は分離されて示されるが、それらは僅かに重合するのがよく且相互に正しく触れ合うを可とする。」(第四頁右欄第四一行~第四三行)との記載や「若しもこれらの凹みの長さが一層小であつたならば幕上の画素は垂直方向におけるよりも水平方向において一層良好な解像度を有したであろう。」(第五頁左欄第五〇行~第五二行)との記載があるから、必要により電子ビームの水平方向の幅を一層小さくし、電子ビームの走査によつて生ずる「欄」を僅かに重合するようにすれば、凹みが縞にみえなくなるであろうけれども、凹みによる変形は電子ビームの一定の方向性をもつ走査により形成されるものである以上、変形にはなお依然として電子ビームの走査方向の方向性がなくなるわけのものではないから、引用例における凹み変形をもたらす電荷分布が電子ビームを用いない電荷付与手段によるものと本質的な差異がないとはとうていいえない。

したがつて、審決が、引用例の変形の凹みの配列が規則的であるとはいい難く、顕微鏡的レベルでみればそれらの配列は十分に無作為的であると認定したのは誤りであり、ひいて相違点(2)は本質的な差異を示すものではないとした判断は誤りである。

(2) しかしながら、甲第七号証によれば、熱プラスチツクフイルムの表面上に明暗図形に応じた静電荷像を形成し、その後加熱することにより熱プラスチツクフイルム上の電荷に応じた微小な凹みの形の変形を形成し、フイルム表面を冷却固化して明暗図形を記録するという、電荷を利用して明暗図形を記録する原理(審決のいう「後者の原理」とは右のような原理をさしていることは審決の趣旨から明らかである。)を引用例から抽出して読みとることは、当業者ならば容易というべきである。

そして、誘電体層上に電荷像を形成する手段として、光導電性絶縁層に一様に電荷を与え、次に明暗図形に応じて露光して明暗図形に対応した静電荷像を形成するといつた電子ビームを用いない静電写真的手段が、本願の優先権主張日当時周知であつたことは当事者間に争いがない。

そうすると、前記引用例から読みとりうる熱プラスチツクフイルム上への記録方法において静電荷像を形成する手段として、電子ビームを用いる引用例の手段に代えて、電子ビームを用いない周知の静電写真的手段を適用すれば、引用例の変形において生ずる電子ビームの走査による方向性が解消し、熱プラスチツクフイルム表面が顕微鏡的にみれば凹み(みね及び谷)が無作為的に配列された図形に物理的に変形することは、当業者の容易に類推しうべきことである。

したがつて、前記「後者の原理」を応用して普通の図形をフイルムに静電記録するときは、顕微鏡的なみね及び谷が無作為に配列された図形を認めうべきことは当業者の容易に類推しうることであるとした審決の判断は正当である。

この点に関し、原告は種々の理由(ⅰないしⅳ)を挙げて審決の判断が誤りであると主張しているが、以下に述べるとおりいずれも失当である。

まず、ⅰ本願発明は明暗図形の記録(複写)に関するものであり、引用例記載の発明は電気信号(テレビジヨン信号)の記録に関するものであることは前に述べたとおりであるから、両者は目的ないし用途を異にしているとはいえ、静電荷像を記録する技術という点では技術分野を共通にしており、引用例の記載から審決にいわゆる「後者の原理」を容易に抽出しえたとみるべきことは前記のとおりである。また、原告がⅱないしⅲとして挙げている理由が失当であることもこれまで述べたところから明らかである。さらに、原告が挙げるⅳの理由も、本願第一発明においてはコントラストの良い静電潜像を作ることは発明の要旨ではないから、失当というほかはない。

(三) したがつて、本願第一発明は、引用例に基づいて容易に発明できたもので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断は結局正当といわざるをえない。

そして、本願第二発明は本願第一発明との併合出願にかかるものであるから、本願第一発明が特許できないものである以上、本願第二発明について審理するまでもなく、本願は拒絶すべきものであり、審判請求は成り立たないとした審決は正当であり、違法として取り消すべき事由はない。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。

本願発明の要旨

1 第一番目の発明(以下「本願第一発明」という。)

明暗図形の像を帯びて居り、その表面積は、その層の厚さの約一倍乃至五倍のほゞ一様な横の間隔及び上記明暗図形に対して連続的に変化するみね対谷の高さを有している実質上顕微鏡的なみね及び谷の無作為的に配列された図形に物理的に変形させられていることを特徴とする誘電体薄層。

2 第二番目の発明(以下「本願第二発明」という。)

誘電体薄層の表面上に明暗図形に相当する電荷図形を静電的に形成し、上記誘電体層の厚さの約一倍乃至五倍のほゞ一様な横の間隔を有して居り且つ上記明暗図形に対して連続的に変化するみね対谷の高さを有している実質上顕微鏡的なみね及び谷の無作為的に配列された図形が形成される様に静電力の強さ、その層の厚さ及びその層の表面に作用する表面張力に関係を有する時限中上記表面を変形させることを特徴とする平滑な誘電体表面をつや消しされた光拡散性表面に変換する方法。

審決理由の要旨

1 本願第一発明の要旨は前項1のとおりである。

2 これに対して、原査定の拒絶理由に引用された特公昭三六―一六一六三号公報(以下「引用例」という。)には、明暗図形の像を帯びており、その表面はその層の厚さの約一倍もしくはそれ以上の横の間隔及び上記明暗図形に対して連続的に変化するみね対谷の高さを有している実質上顕微鏡的なみね及び谷が配列された図形に物理的に変形させられている誘電体薄層、が記載されていることが認められる。

そこで、本願第一発明と引用例記載のものとを比べると、両者はその主要部において一致し、ただ、(1)前者では、その表面にその層の厚さの約一倍乃至約五倍のほぼ一様な横の間隔を有するみね及び谷が配列されているのに対し、後者では、その表面にその層の厚さの約一倍もしくはそれ以上の横の間隔を有するみね及び谷が配列されていること、(2)前者では、上記みね及び谷が無作為的に配列されているのに対し、後者では、上記みね及び谷がその層(フイルム)の縁に対して平行に配列されているようにみえること、の二点において一応相違することが認められる。

しかし、(1)の相違点について検討するに、前者の「その層の厚さの約一倍乃至約五倍のほぼ一様な横の間隔を有する」というのは、明細書三二頁及び図面の第五A図ならびに第五B図の記載からみて、明確にその構成を表わしたものとはいいがたく、強いていえば、「その層の厚さの約一倍乃至約五倍の横の間隔を有する」とすべきものと認める。

一方、引用例の二頁右欄に、「好ましい厚さはフイルムに於ける凹みの間の距離にほぼ等しく……」と記載され、これと図面第八図の記載によると、その層の厚さの約一倍もしくはそれ以上の横の間隔を有するみね及び谷が配列されていることが認められ、横の間隔の上限を層の厚さのどれ位にすべきかは、その目的に応じ実験によつて容易に決めうることである。したがつて、(1)の相違点は、とくに前者を特許すべき発明とするに足りない。

つぎに、(2)の相違点について検討するに、引用例の四頁右欄下方に、「信号電子ビームによつて表面を形成された凹み157は或る場所では数種の色彩の存在によつて不規則であり……」とあり、その前に、凹みの長い側がフイルムの縁と平行である旨記載されているからといつて、これらの凹みの配列が規則的であるとはいいがたく、顕微鏡的レベルでみれば、それらの配列は十分に無作為的であると考えられる。すなわち、第七図において、後者の凹みが短い線の縞のように図示されているのは、電子ビームの水平方向の巾を五個の凹みに相当する長さに採つたときの例を示しているからにほかならず、そして、これらの凹みの長さ、すなわち電子ビームの水平方向の巾を一層小とすることについても引用例五頁左欄下方に記載されているから、そのようにした場合には、凹みが縞にみえるとは限らない。さらにまた、後者ではテレビジヨン画像を静電記録するため、電子ビームをフイルムの巾方向に走査するので、フイルムにその走査線が現われることは避けられないけれども、後者の原理を応用して普通の図形をフイルムに静電記録するときは、電子ビームを用いる必要はないからフイルムにそのようなものは現われず、顕微鏡的なみね及び谷が無作為に配列された図形を認めうべきことは、いわゆる当業者の容易に類推しうることである。してみれば、(2)の相違点も、なんら本質的な差異を示すものではない。

したがつて、本願第一発明は、いわゆる当業者が引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願第二発明について審理するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。

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